銀行を跳び越える インドの最先端モバイルペイメント

Published: December 18, 2017

サマリ

インドのモバイルペイメント(モバイル決済)は中国と同様の進化を遂げると予想できる。インドはモバイルからインターネット、バンキング、IDなど「すべて」を開始する人の割合は高く、より高度なデジタルペイメントの形を模索する。よりデジタル、モバイルの度合いが深い決済が生まれるならば、インドのデジタル・エコノミーは相当先進的で、富裕国のものと異なる構造へとリープフロッグする。


インドのデジタル決済はすでにeコマースとともに発展を開始している。BCGらによるリポートによると、デジタルペイメントが2020年に5000億ドル(約55兆円)に達すると予測している。

モバイルペイメントの主流はプリペイド型だ。モバイルウォレットに銀行口座や実店舗のエージェントからお金をチャージする。主要な利用方法の一つはチャージされたお金をeコマースに利用することだ。eコマースとデジタルペイメントは密接な関係を持つ。eBayが一度はPaypalを買収したように、アリババはAnt Financialを世界最大のフィンテック企業に育て上げた。

インドでは、リアル小売業が発展途上のさなかにもかかわらず、オンライン小売が成長している。リアル小売が発展後にオンライン小売が成長した富裕国とは異なるプロセスだ。インドにはよりラディカルな成長の可能性がある。中国でAlipayが浸透したのと同じシナリオだ。

もうひとつは、リアル小売におけるモバイルのコードなどを利用した支払いである。インドで主流になのはスマートフォン保有だけを条件とするAlipayや微信包銭と同様のQRコード型ペイメントだ。小売業者や顧客に課される初期投資はモバイルとモバイルアプリのダウンロードだけだ。単一品目を売る露天商などは、ウォレットの公開鍵を顧客に示して読み取らせている。読み取って金額を入力すると支払いは成功する。露天商がアプリで金額の移転を確認するのも瞬時に終わる。

デジタルウォレットが世界を満たすにはどうすればいいだろうか。まずは紙幣を電子マネーに変換するプロセスが必要になるだろう。やがてすべてのお金がデジタル上に存在するようになれば、デジタル上でお金の行き来を完結することができるかもしれない。

中央銀行がお金をコントロールする理由が怪しくなるだろう。私たちは世界金融危機と「異次元の金融緩和」の後の時代を生きている。インターネット由来のお金の方がデジタルウォレットと相性がいいのは言うまでもない。

”Unbanked”をデジタルバンキングに誘う

モバイルウォレットは「Unbanked」(銀行口座を持たない人)にデジタル決済の道を開くことだ。しかもクレカや銀行口座という”レガシーツール”は必要はなく、Sim付きのスマートフォンを渡せば、その人はデジタル金融に誘われる。リープフロッグが起こる新興国では、非効率的なレガシー金融は整備されないかもしれない。

これは日米などのレガシー金融と比較したとき、極めてディスラプティブな仕組みをしている。データベース上でお金が動くこととそれが内的な管理によりセキュアにされ、エッジにあるウォレットに逐次、トランザクションの状況が反映されていれば、高コストのレガシーインフラを介さないペイメントを実現している。

インドの人口は13億。下位のカーストやそのカーストに不満を持ってイスラム教、仏教、キリスト教に改宗した低所得者層にはIDがなく、戸籍上存在していない人がいる。彼らにはバンキングへのアクセスもなく教育を受ける機会も限られる。現金の所持は危険。大量の偽札が流通してもいる。

彼らがモバイルを手に入れられれば、デジタルIDを取得して存在する人間になるかもしれない。デジタルウォレットで補助金を直接受け取れるかもしれない。補助金の給付において公務員や地域のボスが不正をする余地がなくなる。インターネットにより教育の機会にも到達する。

富裕国で一般的なレガシーペイメントの課題は、ステークホルダーが多いことと遅いことだ。クレカのトランザクションには少なくとも金融機関2、3社(イシュア、アクアイワラ、セトルメントバンク)、ブランド(VISA)が関与する。ややこしい場合は更に増える。この数社が数%の加盟店手数料を分け合う。日本には日本の特異な状況が存在するが、ここでは説明しない。

main-qimg-0bc6465eed3aff716f55ca9fabc62079 (1) Fig01 Credit Transaction Structure via Master

富裕国ではステークホルダーの多さがデジタルウォレットの普及の制約だ。デジタルウォレットの普及はステークホルダーを減らし効率性を向上させる。だからこそ既存システムのステークホルダーは排除される可能性を恐れるため合意できない。日本では「経済圏」や「系列」が制約を加えている。

独占的なモバイルペイメントプラットフォームは銀行間決済の必要性をなくす。ステークホルダーが減り手数料が落ちる。現代的なインフラがスピードを提供する。インドはこの中国シナリオを追いかけている。

中国ではAlipay、WeChat Payがシステムを開発した。既存金融機関や小売との連携が素晴らしい。彼らはユーザーに課せられる「税金」も低い水準に抑えた。アリババはeコマースという巨大なバリューチェーンをもつ。テンセントにもソーシャルメディア帝国とゲームプラットフォームという確かな収益源をもつ。収益性の高い企業が市場を独占した方がユーザーの利益に適う。独占禁止法が想定する論理とは異なる論理が働いたようだ。

限界費用がとても小さいインターネットビジネスにおいては、独占企業が過剰な税をユーザーに課した際、新興企業はその不満をつく戦略を実行する機会に恵まれる。新興企業は他産業と異なり小さなコストで事業を拡張できるし、直接金融やクラウドコンピューティングの発達がそれを加速している。

インドのデジタルペイメントは急速に成長している。Googleとボストンコンサルティンググループ(BCG)がデジタルペイメントについてまとめた「BCG-Google Digital Payments 2020」(全56ページ)はインドのデジタルペイメントの取引額が2020年に5000億ドル(約55兆円)達すると予測する。インドでは、デジタルペイメント全体がペイメント全体に占める割合は2025年には37%に達する。

Screen-Shot-2017-04-07-at-18.51.19 (1) Fig02 Source:「BCG-Google Digital Payments 2020」

プリペイド型モバイルウォレットの取引件数はモバイルバンキングの2倍で高い成長率を継続している。モバイルウォレットが銀行口座なしの低所得層に浸透している様子が想定できる。2014年会計年度、2015年会計年度の取引額では、ATMと現金が全体の約7割を占めるが、デジタルチャンネルの成長率は50〜52%と他のペイメント手段を圧倒する。2016、2017年はより急激な成長を示していると考えられる。

レポートはこのようなデジタルペイメントをめぐる傾向を指摘している。

  • ペイメントは消費をドライブする:ペイメントは企業に顧客のトランザクションデータへのアクセスを可能にする。ペイメントサービス提供者が他の金融商品、提案、クーポンを消費者に提供することを可能にする。
  • 消費者は少数のユビキタスなペイメントソリューションを求めている。ニッチなソリューションは他社への統合を迫られる
  • 統合ペイメントインターフェイス(UPI)はゲームチェンジャーになりうる:UPIはサービス提供者間のシームレスな互換性を提供し、デジタルペイメントの規模をドライブする
  • パートナーシップが極めて重要。顧客獲得コストを下げるための提携は必要不可欠
  • ビヨンドペイメントを視野に入れる―ペイメント事業者は金融サービス全般や消費ベース製品の提供により顧客関係を拡大できる

政府がモバイルペイメントを標準化

モディ大統領と中央銀行であるRBIはモバイルウォレットの普及を促している。モディ政権は2016年末に高額紙幣流通を禁止した。偽札、資金洗浄、脱税、ブラックマーケットへの流出と紙幣のダウンサイドは明確だ。

NPCI(インド決済公社)はUPI(Unified Payments Interface)という標準を設けた。この標準化のおかげで、人々はひとつのモバイルアプリケーションから複数のモバイルペイメントプラットフォームを利用することが可能になる。異なるアプリ間での「割り勘」が可能になるかもしれないし、アプリ内支払い(In app payment)だけでデジタル商取引のペイメントが完了する。日本で起きているようなシステムの断片化を防ぐ方策である。

Facebook、Google、AmazonがNPCIからペイメントサービスの許可を得た。 FacebookはWhatsAppをWeChatにカスタマイズしようとしている。 米国の大手企業が中国の大手企業の動向を模倣する時期だ。

RBIによると、5月時点で277億ルピー相当の920万トランザクションがUPIを通じて処理された。6月時点では307億ルピー(約540億円)相当の1020万トランザクションがUPIを通じて処理された。1トランザクションあたり2700〜3000ルピー程度。NPCIは1トランザクションあたりの平均額を落とそうとしてきた。インドのペイメントの主流である少額支払いをUPIに誘う。

「Hike Messenger」はインドで最初にペイメント機能を搭載したメッセンジャーアプリだ。WhatsAppに先行している。Hike Messengerはテンセントの出資をうけている。

Mobile Association of IndiaとIMRB Internationalの推計では、インドのネットユーザー数は2017年6月時点で4億5000万〜4億6500万人。WhatsAppは2017年2月にMAU(月刊アクティブユーザー数)が2億に達したと発表している。

地元の銀行も追いつこうとしている。 彼らはモバイルアプリケーションとインターネットバンキングを開発している。 銀行の観点からは、技術企業によって作られたモバイルアプリケーションは市場銀行を呑み込んでしまう。 キャッシュレス経済が実現すれば、個人のための「銀行口座」は消滅する。

クリティカルマスはPaytmのものか?

最もいい位置につけているのがAnt Financialが出資・支援するPaytm。アリババグループが筆頭株主。ソフトバンクも5月に14億ドルを投資した。

paytm (1) Fig03 Image via Paytm blog

高額紙幣の禁止以降、モバイルウォレットへの需要が拡大した。Paytmは2016年12月〜2017年1月でユーザーベースが1億5000万人から1億8000万人に拡大した。取引件数も2016年12月に2億件を記録し、インド国内のカード会社すべてのトランザクションを上回ったとPayrmは主張する。今後は小規模のマーチャントをどう教育していくかが成長率。Paytmは小規模のマーチャント向けの利用上限付きのエントリーモデルを投入している。

__One97 Communications(Paytm) Founding __ May, 2017 $1.4B / Undisclosed SoftBank Mar, 2017 ₹2.75B / Secondary Market Alibaba Dec, 2016 ₹3.25B / Secondary Market — Aug, 2016 $60M / Venture Mountain Capital Sep, 2015 $680M / Undisclosed Alibaba Feb, 2015 $200M / Undisclosed Ant Financial Oct, 2011 $10M / Venture Sapphire Ventures Jan, 2009 undisclosed amount / Private Equity — Oct, 2008 $25M / Venture —

トランザクションあたりの単価は、主に富裕層が利用するクレジットカードを下回ると推測されている。しかし、インドのボリュームゾーンは少額ペイメントである。トランザクション件数の急激な伸びは大きな可能性といえる。

Paytmの運営会社、One97は2018年1月に中銀から「Paytm Payments Bank」の認可を受けた。Paytmは通信キャリアAirtelの次にPayment Bankの認可を受けたことになる。Payments Bankは従来型の金融機関以外が銀行業に参画することを見越し、設定された法的ステータスだ。中銀は主にUPIなどを介してデジタルウォレットを提供する事業者への付与を念頭に入れているようだ。Paytmのような「フィンテックプレイヤー」はPayment Bankの認可により消費者向けの金融サービスに参入できる。Paytm Payment Bankは手数料のなしのオンライン取引を提案している。これは欧米日などの状況と比較すると甚だ画期的だ。

アリババはPaytm本体とは別にeコマース事業のPaytm Mallにも1億7700万ドルを投資した。Paytm Mallはインドのeコマース取引の6~7割を占める「着払い」を採用せず自社の決済サービス利用を促している。Paytm Mallは物流拠点の整備を始めたばかり。インドは広大な国土をもつが物流インフラは脆弱だ。FlipkartやAmazonの影は遠い。

AmazonとFlipkartはPaytmのペイメントを載せていない。Amazonは4月に中銀からペイメントウォレットの認可を受け、Amazon Payに約2000万ドルの資本を足した。Amazonはローン仲介モバイルアプリを買収するなど、インド版Ant Financialの「部品」を集めている。Flipkartも買収したモバイルウォレットのPhone Peを運営している。

巨大なオンラインペイメント需要を抱えるeコマースの2強は、プロプライエタリなペイメントプラットフォームの構築している。Paytmはコマース事業を持たないと市場から追い出されてしまう。

中国の先行例を利用せよ

Paytmを含む多数のモバイルウォレット提供者は中国の先例を高速でなぞっている。この領域で世界で最も進歩的なのは中国だ。FTが引用したフォレスター・リサーチのデータによると、2016年の中国のモバイルペイメント取引額は前年比で倍増し、5兆5000億ドル以上に到達した。日本のGDPの1.2倍の規模であり、米国のモバイルペイメント取引額の50倍にあたる。フォレスターは2019年には中国のモバイルペイメント取引額は12兆ドルを超えると予測する。中国が先進国をリープフロッグ(飛び越し)していることを明確に物語る。

例えば余額宝はアリババグループが運用する世界最大のマネーマーケットファンド(MMF)だ。余額宝はAlipayのモバイルアプリから1元から利用できる。ユーザーはいつでもモバイル上の指の操作だけで入出金を遂行できる。ユーザーは利率の高い「モバイルの中の預金口座」として余額宝を利用する。余額宝のMMFが世界最大規模に拡大した要因は、国有銀行のサービスや預金利率が低かったことに加え、中国最大級企業アリババの信用力や利便性がある。

アリババは独自のクレジットスコア「芝麻信用」を運用する。コマースや金融取引履歴・ネット行動履歴、公共料金の支払履歴、デモグラフィック、社会的人脈から、その人の「信用」を独自にスコアリングする。同社が提供する損害保険「衆安保険」はこのスコアで保険の掛け金を決定している(参考)。このスコアは他にもeコマースのマーチャントに対するトランザクションレンディング、アリババが提供する各種サービスへのアクセス権に活用されている。

結論

  • インドは政府が紙幣をなくそうとしている。インドでは中国と異なる、よりドラスティックな商取引の包括的な電子化が予想されるかもしれない。Unbuncked がモバイルを所有すると同時にデジタルウォレットを所有することで、サービス提供者側にネットワーク効果が働く。少数のプレイヤーだけが勝ち残ると予測される。

提案

  • 暗号通貨か分散型電子マネーが十分なパフォーマンスを表現するなら、通貨をそれらに転換するほうが、経済が豊かになる(現状はまだパフォーマンス不足である)。金融機関は非効率的なミドルマンになりやすく、最初から存在させないことが正解である。富裕国で起きているフィンテックの核心は生産性の低い金融機関のディスラプションだ。インドとしては後発の強みを活かし、その過程事態をできる限り飛び越えるべきだ。

Eyecatch image via ajay bhargav GUDURU